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柱島泊地/陸奥記念館/三田尻

実家が山口の方なので、山口県に由来するいくつかの旧海軍関係の史跡をめぐってきた。

 

柱島泊地

柱島泊地は連合艦隊の艦艇停泊地として有名。なぜこの場所なのかというと、重要な拠点だった呉に行く際の要所だから…らしい。地図見ればだいたいここが入り口なのね。

柱島に行くには岩国港から出ている日に3本の高速船に乗るしかない。年末年始やGW、お盆は増便して1日4本になるが、1ヶ月前から予約しないと乗れない。今回は突発でいっても乗せてくれたけど、たまたまキャンセルで空きがあったからだ。

岩国発は7:40、10:00(増便)、15:30、17:30

柱島発は6:45、8:50、14:15(増便)、16:15

この時刻表を見ればわかるが、山口県内か島に泊まる覚悟でもないとなかなか訪れることができないと思う。今回は朝7:40の便に乗り、14:15に帰ってきたのだが、それだけで1日使ってしまったことになる。

 

柱島はとても小さい。観光案内に書いてある観光地をすべてめぐっても3時間あればお釣りが来るだろう。島で一番高い金蔵山に登ると柱島泊地を見渡すことができる。麓から40分で着くと案内にあるが、本当にそのくらいで登れる。

 

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奥の島が周防大島。訪れた日は霞がかかっていて見えなかったが、この山からは広島県呉市愛媛県松山市も見えるという。

 

島の西端には柱島泊地に沈んだ戦艦陸奥の碑がある。沈没の際は柱島にも遺体が多数流れ着いたそうだ。

 

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この先2kmの海に沈んだという。奥に見えるのは周防大島だ。

 

ちなみに、上記2箇所回って2時間もかかっていない。港に戻ったとき帰りの船が来るまでゆうに2時間はあった。島には商店や旅館もあるが正月はやっていない。船着場の係員に聞いたところ、普段は釣り人が訪れたりするが、正月に島に来るのはたいてい里帰りの人なのだとか。…ランチを食う場所もないので、自販機のジュースを飲みながら海を眺め、帰りの船を待つしか無かった。

静かさを楽しむにはいい場所かもしれない。山口県内に足がかりがない人は訪れにくい場所だろうなと思った。 

陸奥記念館

陸奥記念館は周防大島にある。周防大島は柱島を挟んで広島県の江田島の対岸にある大きな島だ。流石に大島は瀬戸内海で3番目に大きな島であり、さらに本土と橋で繋がっているため、比較的訪れやすい。コンビニもある。ただ陸奥記念館は本土から一番遠い先端部分にあるため、島の入り口から30kmくらい進む必要がある。

大島を訪れるのは車がいい。というか、車以外で訪れることは考えないほうがいいだろう。島から最も近い高速のインターチェンジ(玖珂)から陸奥記念館までは1時間半ほどかかった。

 

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陸奥の主碇。大和ミュージアムにもあった。

陸奥記念館には、爆沈した陸奥をサルベージした際の遺品が収蔵されている。戦争を生き残った船は余す所無く戦後の復興資材として解体されているのに、海に沈んだばかりに遺物がこうして残っている…なんだか不思議な気がする。

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陸奥記念館を見下ろす丘にはサルベージ品の副砲や艦首、スクリューが置かれている。ほか事故の犠牲となった予科練甲飛11期生の碑や陸奥の墓もある。

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流石に戦わずに沈んだということで、かなり結末が黒い。時代の暗部とでも言うべきか、隠蔽工作と生存者を激戦区に送りつけて口封じしたということは許されることじゃないなと思う。

遺品の中には手紙もあるが、メンタリティが現代の我々と大きく異なるという感じはしない。結局、彼らが最も気にしていた親や妻や子供たちへの情愛であり、それは時代で変わらないものなのだと思った。

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看板が沈んだ方向を示している。ここは上記柱島の反対側にあたる。

陸奥記念館の前には陸奥野営場と称してキャンプ場があったりする。それにしても山口県に陸奥(青森)の名前の入った場所があるというのも歴史の妙というか。 このあたりは長門(山口県の日本海側あたりの旧国名)でなく周防(山口県の瀬戸内海側あたりの旧国名)ではあるが。

 

三田尻

戦艦大和が沖縄に向かう際に最後に訪れた場所が山口県防府市三田尻沖。訪れる人もまばらな場所に特攻艦隊留魂碑がある。ちょうど三田尻沖を見渡すことができる場所だ。同じ場所に回天で亡くなった方の碑もある。このあたりの海はちょうど練習場があったのだという。隣の周南市には回天記念館もある。いつか訪れるべき場所だと思う。

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探せばわりと身近に史跡というものはあるもの。今回は歴史を感じられる「海」を訪れてみた。