ツインテールの吸血鬼はお好きですか

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ファンタジスタドールイヴ

「それは、乳房であった」
男の独白は、その一文から始まった――

ミロのヴィーナスと衝撃的な出会いをはたした幼少期、
背徳的な愉しみに翻弄され、取り返しようのない過ちを犯した少年期、
サイエンスにのめりこみ、運命の友に導かれた青年期。 

性状に従った末に人と離別までした男を、
それでもある婦人は懐かしんで語るのだ。
「この人は、女性がそんなに好きではなかったんです」と。

 http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/21130.html

 

アニメ「ファンタジスタドール」の前日譚にあたる「ファンタジスタドールイヴ」を購入した。赤と黒の異様な装丁、そしてハヤカワ文庫…。どこを狙ってるのかさっぱりわからないアニメに相応しいノベルといえる。

本書は、アニメ本編とあまり関係がない。ストーリーを描いたものでもなく、登場人物も共通しない。

この小説は男達の青春を描いたものだ。さらに前日譚だけあって、本作には「ファンタジスタドール」なる存在は登場しない(正確には、彼らが理想の女性を創りだそうと思うまでなのだが)。ただ、アニメと関係ない部分が尖りすぎていて、逆にファンタジスタドールの世界観を深めることに貢献している。

特に面白かったのは、以下の3点。

  • 意外と真面目にSF
  • 意外と本編とリンクしてる
  • いまよ!ファンタジスタドール!がまともに聞けなくなる

 

本書は意外なほど真面目にSFをしている。アニメ本編だとそんなに現代と時代が変わらないように見えるが、実際のところ超未来であることが示される。サーフェイスLANなる技術が普及し、インフラのある場所では携帯機器が自動的に充電されるといった描写がある。そんな風にアニメだけではわからない設定を教えてくれる。

アニメ本編でも「デバイス」を使用して、カードからドールを呼び出す描写があるが、これは魔法の力でも何でもなく、前述のサーフェイスLANという空間伝送技術を用いてデータからドールという実体を取り出しているのだ。…わけわからない?ともかくファンタジスタドールは根底ではSFなのだ、ということを本書は示していた。

 

 

 

ファンタジスタドールは、アニメが本編なのでなく、ファンタジスタドールというコンテンツがあり、そのひとつがアニメ「ファンタジスタドール」である、と仕掛け人のほとり谷口悟朗は語っている。そういう意味では、「イヴ」と「ファンタジスタドール」に直接の接点はない。しかし、確実に「イヴ」の内容が「ファンタジスタドール」につながっているのだと思わせる部分もある。

本書は「ドール」が生まれるまでを描いた小説だ。何故ドールがすべて女性なのか、どうしてあんな格好をしていて、武器を持っているのか。何体存在しているのか。それらにいちいち答えを設けてくれている。ほんとだよ。おかげで本書に出てくる「アルファドール」、「ベータドール」という単語を用いて、アニメの考察も始まっているくらいだ。

 

 

 

 

アニメ「ファンタジスタドール」の主題歌「いまよ!ファンタジスタドール」は、ドールとマスターの友情を歌ったもの…と解釈できるが、本書を読んだ後だとガラっと印象が変わるだろう。

本書の最大の功績は、アニメ主題歌である「いまよ!ファンタジスタドール」をまともに聞けなくさせることかもしれない。

笑いあい泣きあい、時にはケンカもして それでも許しあえる友達だもん

 

この何気ない歌詞が、これほど強い意味を持つようになるとは「イヴ」を読む前には思いもしなかった。歌が示すとおりの展開が本書でも描かれるのだから。

本書で描かれるのは、少女たちが戯れるアニメ本編と違い、ふたりの男の友情である。このふたりの男は共通しているコンプレックスがあった。彼らは非常に優秀だったが、一面で非常に情けなく、変態的な部分を隠して生きていた。

そんな彼らが真に友情を感じたのは、お互いのどうしようもない部分がさらけだされた瞬間だった。傍から観たらアホみたいな展開だったが、彼らに取っては運命的な瞬間だったのだろう。

彼らの友情が何をきっかけにしたものだったかは、本編を読んで感じてもらいたい。彼らは大きな代償を払ったが、そのぶん友情は完全なものになったのだと思う。

 

 

以上に述べたとおり、小説「ファンタジスタドールイヴ」は、アニメ本編とはあまり関係のない別作品だったが、アニメを損ねるようなものではなく、一部ではリンクしており、世界観を深めることに驚くほど貢献している。

考察の余地すら無さそうなライブ感覚がウリの「ファンタジスタドール」に、本書がここまで深みを与えるとは正直思いもしなかった。…メディアミックス展開というのは底知れないものだ。